古川友紀

お姉ちゃんが私のところにやってきた。20年振りの再会だ。年子の私たちは、物心ついたころから顔がそっくりで背丈もほとんど一緒くらい。よく双子に間違えられた。20年経つとこんなにも変わるのかあ、って私、久しぶりに見るお姉ちゃんの顔を見て、人ごとのような感想がでてくる。お姉ちゃんの方も、まじまじと私の顔を見ているだけで、私に声を掛けたり、触れたりなどしているわけではない。困惑した表情で、病室のベッドに身を預けている私の方にしばらく目を向けていた。それから、医者や看護士から訊ねられた質問を、分かる範囲で淡々とこたえている。

少し前まで、私のお腹は丸く膨らんでいたのだなあ。平たくなった今では、伸縮自在な皮膚がたぷたぷと揺れているのだろうか。この状態じゃ確かめられないけど。はっきりした記憶はないけれど、たぶん血がたくさんですぎたんだと思う。いきみすぎたのかしら。産婆のおばあちゃん、かけ声がうますぎたんだよ。一人で産むことになったけど、かねてから願っていた自然分娩の自宅出産をするために、色々調べた末に出会った人。これまで何百回と出産に立会い、子を産道から引き上げてきたおばあちゃん。これまで何かと私を勇気づけてくれた。

かくして私の体に破水がおとずれ、滞りなくスムースにことは運ばれた。私はマタニティヨガの呼吸法をひたすら反復していて、もちろんめちゃめちゃ痛かったんだけど、子はつるっとでてきた。なのに血があんなに出るとはなあ。せっかく自分の家で出産したっていうのに、直後に総合病院に運ばれるとは。 本当にいつも私は家というものとの折り合いが悪いみたい。


看護士とお姉ちゃんの会話から、赤ちゃんは男の子で、今は産婆のおばあちゃんがみてくれているらしい。さっきまでお腹の中にいたあの子と随分遠く離れてしまった。産まれ出るのはあの子であって、産み落とすのが私なのか。まだちゃんと見たこともないのに赤ちゃんを「あの子」と呼んでいることの奇妙さがにじむ。母性とは。 お姉ちゃんは子ども好きなタイプだろうか。見た感じまだ独身っぽいなあ。私が家出してからも、ずっとあの家で生きてきたのだろうか。

母の恋人のことを、家族の中でお姉ちゃんだけはまったく気付いていなかった。同じ屋根の下に住まう家族4人、表情なり声なり仕草なり、それぞれにどこか似たところがあった。私たち姉妹はともかく、元々赤の他人であった父と母の顔が似てくるのは何故なのだろう。だいたい同じものを食べて生きてきたらそうなるのだろうか。


あら、お姉ちゃん、私のお腹をさすってる。妊婦だったとき、本当にまあよくお腹をさすられたもんだ。散歩していたらおばあちゃんやら子どもやら、色んな人が私の腹をさする。あれなんでなんだろう。期待や希望を託しているの。それともなんかご利益あるとか。私の丸い腹をさすった手で、自分の腹をさすった女性なんかもいて、ぎょっとしたこともあったなあ。そうした色々な人の掌を、お腹の中の赤ちゃん越しに私は感じていたんだけれど、産んでしまってぺちゃんこになった今、腹を触られると、こんなに直な感じなのか。初めての感覚ではないはずなのに、なんだかとても新鮮だ。

『ミち』

mimaculの公開ワーク「連歌のように」一本の小説(なのだろうか)をメンバー全員で書く試み。タイトルは『ミち』 【ルール】 ・決めた順番で回していく。嵯峨→山羊→河合→立蔵→堀井→林→川瀬→下村→京野→高橋→たまな→小高→元岡→古川 ・人物が登場する場合、名前は登場順にイ、ロ、ハと付ける。 ・1回の更新が短くても構わない。 ・前の人が書いたものを引き継ぎつつ、文体や口調が変わってもよい。