林伸弥
ポケットから錆びたナイフを取り出し、男の首筋に滑らすと黄色い血が流れ始めた。砂漠にこぼれ落ちる前に彼の首元を吸う。男は何が起きたかわからないといった様子で最初こそじたばたと暴れていたものの、しばらくすると動かなくなった。喉からスースーと音がする。あまり甘くない。やがて男が死ぬと血の勢いも落ち着いた。立ち上がり周りを見渡す。100メートル先に色褪せた信号機が見える。男を橇(そり)に載せてそこまで歩いた。4足の靴を脱がせた後、リュックから縄を取り出しそれぞれの足にくくりつける。縄を空中へ放って信号機に引っ掛けた。反対側に回り、全体重を縄にかけ、縛り上げた男を持ち上げていく。ある程度まで持ち上がると縄を信号機の支柱に固定した。バケツを浮かぶ男の下に置き、身体中の血が流れ出るのを私は待つ。その間に4足の靴を物色した。黄色いコンバースが二足にアディダスのスタンスミスが一足、メーカーがわからない靴が一足。どれも使い古されてはいるが汚れが少ない。この男は靴を洗うタイプだったのだろう。これなら市場で売れるはずだ。静かな砂漠にボダッ、ボダッと血が落ちる音がする。血の匂いに誘われてカラスが二匹やってきて、男の身体に器用に止まった。二匹のカラスはお互いにコソコソと何かを確認した後、一気に男の両目をついばみ、遠くへ去っていった。
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