たまなまや
花火の夜に見た月がアシンメトリーな円に近づき、空全体が青白く光るような夕暮れ、ようやく私は仕事帰りに伊東屋で水浅葱の便箋を買った。水浅葱は江戸時代の囚人の服の色だったらしい。それくらい、印刷屋の娘の端くれとして知っていたけれど、「母の恋人だった父」はきっと、ただのきれいな水色ぐらいにしか見えないだろう。それとも、母と交わした会話の中に、色についての話もあったのだろうか。女の顔をした母とその人…。そんな知る由もない過去に囚われてどこにもいけない、今の私にぴったりの色じゃないかと、無意識にこの色を選んだ自分を嘲笑った。
それでも、深く考えると途方に暮れそうなので、勢いに任せて便箋に筆を走らせる。もうすぐ母の誕生日だ。隣の市との境の川のあの橋の上に、母はよく私だけを連れて夕焼けを見に行っていた。そこに、母の誕生日に、と。
その人は来るだろうか。
母の誕生日を、覚えているだろうか。
我ながら子どもっぽい賭けだ。でも、ゲームだったら、敗けても傷つかない。30も半ばを過ぎた独身女は、生きていくために深手を負わない術を身につけているのだ。便箋を同じ色の封筒に入れる。囚人の身に纏っていた色は思いのほか美しく、私の手から踊るようにポストへと落ちていった。
0コメント