高橋慎太郎
「お姉さんのその指輪、あのお兄さんのと同じだね」
青い目の子供はまるで自慢気にホに告げる。
「ほしいな、それ」
そしてしばらく間を置いて、照れた様子で
「遠い砂漠でお兄さんが、好きって」
「え?」
ホは風とともに現れた不思議な子供に呆気にとられて、何かを言うこともできずに口を半ばあけたまま。
「旅に出ても、街にいても、Schonglilaはそばにある。まだ星は見えるでしょ?」
「...あなたはだれ?」
「やっぱり忘れてるんだね。ぼくは死なない子供だよ」
「...どこからきたの?」
すると子供は、再び手を動かして、天井の向こうを指さした。
そのときどこからか鐘の鳴る音が聞こえた。砂漠の乾ききった空気のなかを風に乗って流れ、太陽に赤く熱せられた鋼鉄の含みを持つ勇ましい音色。
屋内にいるというのに、まるで頭上から垂直に降りかかってくるような、高い音域。
心の奥にまでその音は入ってくる。
思わず手を合わせたくなるような美しい音色。
たった一度だけ聞こえたきり、鐘の音は先細っていき、再び部屋は静寂へと静まりかえった。
突然の鐘の音に驚き、天井を陶酔した目で眺めながら、その音色に浸っている間に、いつの間にか青い目の子供はいなくなっていた。
「あれ?」
部屋の四隅にはいつもより薄暗く感じる影がぼんやりと降りていて、静寂はいよいよ胸にしみ入った。
外へでると、闇のただ中に明るい月が光の輪を広げていた。
「さっきの鐘の音は、いったいどこから...?」
辺りを見回しても、砂に埋もれた瓦礫だけ。
真昼の体液が煮えてしまいそうな暑さに代わって、夜の砂漠は冷たい風が吹きすさび、夢のように横たわった地平はどこまでも月明かりに照らされて青白く、生き物の気配を残さない。
あの子供の目を思い出した。
ふと振り返ると、巨大な仏像の手にくぼみが消えていた。
「うそ...」
足で触れてみても、ただほんのりと昼の光線をおびた石の微熱が感じられるだけで、その奥へと体は沈んでいかない。
足下を見ると、ホの旅道具が砂にまみれて置かれてあった。
ホは青い目の子供の言葉をひとつひとつ思い出していた。
老人も言っていたSchonglila。そして、私はあの子供を以前に知っていたということ...。
死なない子供?
足から指輪をはずし、月明かりに照らしてみた。
「私は何を知っていて、何を忘れたんだろう」
指輪は何も語らない。静まりかえった砂漠にただ風が吹くだけだ。
あおむけにどさりと横たわる。
「あなたは今どこにいるの?」
指輪にそっと呟いてみる。月明かりに照らされて、青白く輝いた気がした。
よく見てみると、それは、足の指に張り付いた、さっき食べたばかりの白いゆで卵の柔らかい殻だった。
風に吹かれて空に舞い上がった砂が口元に転がる。砂利ついた口の中を少し気にしながら、ホはバッグからローブを取り出して、風邪を引いても後悔しないといった疲れた表情を浮かべる。
長い一日だったとぽつんと思って、それから深い眠りについた。
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