山羊昇
それからというもの、私のもっぱらの趣味は部屋探しになった。ネットで賃貸。スマホでお部屋探し。三次元が二次元に図形化されたものを脳内で三次元に再現してはシュミレーションし、目の前の三次元と脳内の三次元を重ね合わせて遊んだ。これほど可能性に満ちたことを、私の友人たちはたとえば大学進学を機に、就職を機に、結婚を機にしていたとは、知らなかった。母の入居施設は決まった。となれば私は一刻も早くインク臭いこの家から出たかったが、いざとなると決断力に欠けた。家賃の上限はある。いままでが一軒家だったのでマンションに憧れている。だから選択肢は無限ではないはずだ。しかし、私の仕事は家でできるので住む土地すらも選べるのだと気付いたときには、自由が過ぎて眩暈がした。どこにだって行けるということはどこにも行けないことだと、深いようなどうでもいいようなことを言っていたのはどこの誰だったか。花火。ふと条件項目を思いつく。どの町でもかまわない。花火大会の花火が部屋かベランダか屋上から見えるといい。そうすればせめてその花火大会までは私はそこに住み続けるだろう。新しいタブを開き、全国の花火大会を検索開始する。
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